─腰痛を専門とされた理由を教えてください。
松平 1992年に大学を卒業した後, 東京大学の整形外科に入局し,その後関連病院で研修を受ける中,1996 年に武蔵野赤十字病院に赴任しました。そこで,医局の先輩の山崎隆志 先生(現:武蔵野赤十字病院副院長) に出会い,山崎先生が1週間のうち半日だけ受けもたれていた東京大学病院の腰痛専門外来を手伝わせていただくようになったことが,私と腰 痛診療との出会いです。当初は,山崎先生が1人で多くの腰痛患者さんを診られていたので,その手助けをするというものでした。ところが, 1998年に東京大学病院に戻った際, 私が腰椎・腰痛グループのチーフとして腰痛専門外来を担当することとなり,いつの間にか,私は腰痛専門家のふりをせざるをえなくなったように思います。
─腰椎・腰痛グループのチーフとしてどのようなことをなさっていたのですか。
松平 以後,約10年間,脊柱管狭窄症や椎間板ヘルニアなどの特異的疾患の患者さん以外に,難治性の非特異的腰痛を代表とする慢性疼痛の患者さんの診療にあたっていました。 私はできるかぎり勉強をして,薬物療法やブロック療法を主とするさまざまな治療手段を試しました。三環系抗うつ薬,交感神経ブロックおよび遮断や切除,最終的には脊椎固定術を選択し,非特異的腰痛の改善に努めました。ところが,痛みのVASは改善を一時的には認めても,社会復帰できない患者さんが少なからずおられ,私が熱心になればなるほど,患者さんが私に強く依存するというジレンマに陥っていきました。 そのような状況下,非特異的腰痛にかかわる研究を,しっかり行いたいという気持ちが芽生えてきたような気がします。
─どのような研究に着手されたのですか。
松平 2000年頃,欧米では,疫学研究の蓄積から,腰痛の新規発症にも,慢性化にも心理社会的要因が強く影響していることが,すでに高いレベルのエビデンスと位置付けられていました。一方,わが国の産業保健をはじめとする腰痛対策には,相変わらず,腰痛のリスク要因として「重い荷物を持つ」,「姿勢の悪さ」など, 腰自体への負担によるもののみが重視され,心理社会的要因に関してはその発想さえほとんどありませんでした。それゆえ,わが国には,欧米にあるような心理社会的な問題に十分配慮した腰痛のリスク因子を調べる質の高い疫学研究がありませんでした。そこで,そうした研究が日本でも必要だと考え,自ら取り組むことにしたのです。
その1つがJapan epidemiological research of Occupation-related Back pain (JOB)studyです。これは,特に仕事に支障をきたす慢性非特異的腰痛に着目し,その新規発症および慢性化の危険因子の探索を主目的に,首都圏の多業種勤労者9,307 名に対して腰痛にかかわる網羅的なアンケート調査を実施し,ベースラインデータを収集,同意の得られた5,310名を追跡調査した研究です。ベースライン時に過去1年間に 「まったく腰痛がない」と回答した人で,2年間の追跡調査ができた836 人を抽出し,新規発生および慢性化の危険因子を多変量解析にて検討したところ,前者では腰痛の既往,持ち上げ動作が頻繁なことに加え,職場での対人関係のストレスが強いことが危険因子として挙がりました。 心理社会的ストレスが,ぎっくり腰などの腰痛発症に強く影響しうることを前向き研究で示したわが国初の知見です。ベースライン時では軽い腰痛状況であった1,675人を抽出し、慢性腰痛へ移行する危険因子を検討した結果では,20kg以上の重量物取り扱いに従事していることに加え,仕事に対する満足度が低い,上司のサポート不足,日常生活や仕事に支障をきたした経験のある人が家族にいる,抑うつや身体化徴候の存在が危険因子であることがわかりました。
もう1つは,英国サウサンプトン大学のDavid Coggon教授をチーフに,心理社会的側面が腰痛を含む筋骨格系にかかわる愁訴や障害に与える影響を,文化の異なる世界18 ヵ 国で比較検討することを主目的として推進された国際比較共同前向き疫学研究のCultural and Psychosocial Influences on Disability (CUPID) studyです。私は,2008年,この研究のためにSenior Research Fellow として,タイタニックやクイーンエリザベスの母港であるサウサンプトンに滞在しました。CUPID-Japan は,私が中心となり,首都圏の勤労者4業種(看護職,事務職,運送業, 営業職)の3,187名に縦断調査を依頼するなどして推進しました。この検討結果と前述したJOB studyでの知見をまとめ,日本人勤労者における仕事に支障をきたす腰痛の危険因子として,新規発生にも慢性化にも,身体的負荷要因に加えて,グローバルにエビデンスのある心理社会的要因がかかわっていることを明らかにしました(表1)。

─そのような研究成果をどのように臨床に還元されましたか。
松平 実は,私は,留学から戻った2009年より,関東労災病院の勤労者筋・骨格系疾患研究センターのセンター長に就任するとともに,労働者健康福祉機構の本部研究ディレクターを兼務し,将来の労働衛生面に還元できる非特異的腰痛対策につながる研究の遂行を仕事の主体とするようになりました。 また,わが国の腰痛研究のトップリーダーであられる福島県立医科大学の菊地臣一先生が2008年に監訳された慢性非特異的腰痛管理に関する先駆的なヨーロピアンガイドラインにおいて,包括的なコメントとして「慢性腰痛は臨床的な実態がなく,異なった段階の損傷,機能障害, 慢性化に至った患者の一症状であり,治療前の予後規定因子の評価が必須」,「最も効果が期待できるのは, 活動や運動を勧める認知行動療法」などが挙げられているほか,さらなる研究推奨の要点の中で,「慢性腰 痛患者の臨床的に特異なサブグループの分類と特定を向上させるツールの開発が必要」という指摘がなされていました。私はこのコメントや指摘をかみしめ,強く意識し,それ以降,過ごしてきたように思います。
そのため,帰国後から,笠原諭先生(現: 東京大学医学部附属病院麻酔科・痛みセンター)に師事するなどして認知行動療法についても勉強を行うとともに,非特異的腰痛のメカニズムや捉え方を私なりに見つめ直すようになり,プライマリーケアの現場で活用しやすい簡便なサブグループ化の方法やツールの開発,さらにはサブグループ化に基づく治療や予防法 を探求するようになりました。最近は,運動療法のサブグループ化と,姿勢バランスを含むその指導法の探求に目覚めてしまいました。
─では,これまでの臨床経験と研究結果を踏まえ,現在,慢性非特異的腰痛の本態はどのように捉えられているのですか。
松平 仮説の段階ですが,私は,原因不明とされてしまう非特異的腰痛の多くが,「脊椎を主とする運動器と脳,両方のdysfunction(可逆的で セルフコントロール可能な機能障害, 患者や一般の人には不具合と説明) が共存した状態」(図1)だと捉えています。具体的には,メカニカル・ ストレスが運動器のdysfunctionをもたらし,仕事への不満や周囲のサ ポート不足,さらには痛みへの不安や恐怖(恐怖回避思考)といった心理社会的要因に伴う心理的ストレスが脳のdysfunctionを起こし,脳の dysfunctionの結果として,うつ状態や身体化徴候を生じるというメカニズム案(図1)です。

運動器と脳のdysfunction(不具合)はしばしば共存し,その共存する割合は,患者さん個々だけでなく, 同じ患者さんでも,昨日と今日,今日の中でも時間帯によって,曝露される環境因子(例えば,午前に介護の仕事をした,仕事の後にハイヒールを履いて歩いたといった腰へのメカニカル・ストレス,午後のミーティングの後,上司に呼ばれ嫌味を言われたなどという心理社会的ストレスの状況)に依存して異なる,と説明し,それに気づき,その状況に応じた予防的対処が,発症や慢性化を防ぎます,と患者や産業保健の関係者に説明しています。
─そのように慢性非特異的腰痛を 捉えた場合のアプローチ方法を教えてください。
松平 まず,運動器と脳(中枢性) のdysfunctionがおおよそどのように共存しているのかを見極めます(表2)。

つまり, 慢性非特異的腰痛を一括りに捉えず,運動器 dysfunctionの要素の強いのか,それとも脳dysfunctionの要素が前面に出ているのか,というようなサブグループ化をします。その際,最初に,動作・姿勢に依存する疼痛が一貫性をもって誘発されるか否かを確かめ,運動器dysfunctionの要素の有無を判断します。前屈,後屈,側屈に伴う痛みと可動制限に一貫性があり,必ず痛みがない姿勢や動きがあることを重要視しています。実際, プライマリーケアの現場では,8割以上が,この運動器dysfunctionが主因の範疇だと考えています。
一方,軽微な動作で強い痛みを訴える疼 痛過敏な状態(中枢性感作に伴う痛 み閾値の低下)および顕著な身体化, 広範囲な痛みの訴え(圧痛)などを認めれば,脳dysfunctionが強く関与していると判断します。また,英国のKeele大学で開発され,私たちが 言語的妥当性を担保し作成した日本語版の「Subgrouping for Targeted Treatment (STarT) Backスクリーニングツール」の心理社会的要因に関する5設問(痛みに対する恐怖回 避思考,不安,痛みの破局的思考, 抑うつ,自覚的な煩わしさ)でスクリーニングし,4問以上に該当した場合は,認知行動的アプローチが必要な脳dysfunctionが関与するハイリスク群と判断するのに役立つと考えています。脳dysfunction は, 最近, 認知されつつある中枢機能障害性疼痛(dysfunctional pain)とほぼ同義であり,functional somatic syndrome(FSS)やchronic widespread pain(CWP)にも通ずる概念と考えてください。このようにしてサブグループ化した後,それぞれの患者さんに適した介入法を模索します。
─サブグループ別の介入方法を教 えてください。
松平 慢性非特異的腰痛の治療では, サブグループにかかわらず,医療者に対する他者依存からセルフマネジメントに移行し,QOLを向上させることが大切であることを患者に気づかせることがとても大切になります。そのためには,恐怖回避思考や予後に対する悲観や不安感が強いこと自体が,なかなか良くならないことに強く影響するという世界的なエビデンスがあることをしっかり教育する必要があります。この教育に加え,患者の状態に応じた運動療法, 認知行動的アプローチが治療,予防双方の基軸であると考えています。 運動療法は,疼痛が現われている局所・末梢のみならず脳(中枢)機能改 善を含む全人的・包括的なアプローチとなりうる治療手段であることを強く意識して活用することが重要です。例えば,希望をもって,低強度 の有酸素運動(後述するtype 3運動) を継続することにより,いわゆる快楽物質,脳内麻薬ともよばれる内因性のドパミンやオピオイド,健全な精神バランスの維持に重要なセロトニン,あるいは,癌,アルツハイマー病,動脈硬化など万病の元といえる体内の軽微な炎症を鎮めるmyokine (PGC-1α)といった物質の発現が高められることが明らかになっているからです。
実際には,運動療法を3つのタイプ(図2)に分類し,それを行う理由を明確に伝えることを心がけています。運動器dysfunctionの要素が主因と判断できる患者さんには,私自身も国際認定セラピストの資格を取得したマッケンジー法に基づく,伸展や側方といった適切な運動方向を見極めたうえでのエクササイズ(図2),姿勢指導によって早期の症状 改善が期待できます(type 1)。例えば,伸展制限を伴う人ほど,伸展方向のエクササイズが奏効しやすいのですが,その際,患者さんは少しでも痛みを伴うと怖がるため,その意義を明確に伝えかつ安心感を与え継続を促します。治療開始時には,伸展方向のモビライゼーションを加えると,早期の伸展可動域の獲得に役立ちます。また,運動器 dysfunctionは,典型的には一定の姿勢や動きで痛みが出現あるいは解消するパターンのものを指しますので,それを踏まえた姿勢や動作法の指導により,患者さんの気づきを促すことでセルフマネジメントにつなげていきます。
Type 2に分類した体幹のコアマッスルや背筋を強化する安定化運動をはじめとするメンテナンスとしてのエクササイズは,type 1により疼痛緩和がある程度得られた段階で, 特に脊柱変形(後側弯症)やすべり症を含む脊椎不安定性がある場合,あるいはサルコペニア傾向や骨粗鬆症を伴う場合に,それを行う目的意識を明確にして処方するようにしています。この種のエクササイズを継続するのは容易なことではありませんので,具体的には,プランクやアームレッグレイズ,カールアップ,ペルビックティルト,ブリッジ,セラバンドを用いたバンドロウ,等尺性背筋エクササイズなどから,患者さんのタイプあるいは時期に応じて メニューを組みます。

一方,脳dysfunctionの要素が強いと考えられる患者さんには,適度なウォーキングを主とする低強度の有酸素運動,つまりtype 3(図2)の 運動療法を優先します。1日歩数を記録してもらい,無理のない範囲で宿題として歩数を設定します。前述したtype 3運動の意義を明確に説明し,特に初期の導入段階では,無理のない範囲内で宿題として実行状況を記録させ,達成できていれば報酬として褒める,実行できていない場合は,その理由を共に考え患者目線で助言することが大切と思います。 宿題を課し,褒める作業は,内因性のドパミン,オピオイド,セロトニン分泌の助長に役立つ認知行動的アプローチの基軸と考えるからです。脳 dysfunctionには,深呼吸を含むリラクゼーション法や認知行動的アプローチの必要性も併せて説明します。最近は,心理社会的ストレスが多く,かつ腰痛発症が多い社会福祉法人の現場など,産業衛生的にも脳dysfunctionの予防が腰痛を含め心身の不調の予防に役立つことの啓発にも力を入れようと考えています。
具体的には,内因性のドパミンやオピオイド,セロトニンが出にくくなるのを極力抑えるために,『不満ノート』を書く,あるいはそれらの物質を意識的に分泌させる対策として,ネガティブな感情が生じた時に,休憩時間などにその場ですぐに好きな音楽を聴けるよう準備しておく,お互いに,セルフディスクロージャー(自己開示)とアクティブリスニング(傾聴)をし合える,つまり 愚痴を素直に言い合える相手や環境を作っておく,そして,ウォーキングなどtype3運動や深呼吸の習慣化を提案しています(図3)。

─慢性非特異的腰痛に対して,薬物療法は行わないのですか。
松平 そんなことはありません。特に痛覚過敏があり中枢性感作の関与が疑われる場合には,下行性痛覚抑制系の賦活に役立つ薬物などを使用しますが,慢性非特異的腰痛の治療においては,教育と運動療法,それに必要に応じて認知行動療法を加える介入方法が主軸と考えており,薬物療法はあくまでもよいサポート役という位置付けです。前述しましたが,以前,難治性の症例に薬物療法やブロック療法を主軸としていた頃, 痛みのVASは軽減しても,安定した社会復帰の獲得が難しかったという経験があるためです。特に,慢性 非特異的腰痛による長期休職者に対しては,運動や認知行動的アプローチにより内因性のオピオイドやセロトニンを自身で調整できることを教育し,その上で外因性の物質を補うほうが社会復帰につながりやすいと考えています。もちろん,非特異的腰痛に限らず,慢性疼痛の治療手段として,侵害受容器性あるいは神経障害性の要素を見極め,それに応じた薬物療法が重要なことは言うまでもありません。
─最後に今後の展望をお話ください。
松平 微力ながら,腰痛を主とする 運動器疼痛の診断/予防/治療の体系化の一翼を担えればと思っています。 疫学的手法を用いた危険因子の探索, 同定なども,これまで通り,進めていきますが,運動療法を主軸とする予防対策も含めた運動器疼痛リハビリテーションの具体的方法論の提案や,それに精通する臨床家の育成もできたらな,と思っています。(写真1,2)
さらには,他業種あるいは他施設の優秀で意欲のある方々と積極的にコラボレーションしつつ,臨床および産業衛生の現場で役立つ簡易な腰痛対策ツールの開発,最近重要視している良好な姿勢バランス, 自身勝手に,Beautiful Body Balance position,通称B(美)-positionとよんでいますが,これの基礎的データ収集と簡便な構築法に寄与するツール の開発,診断や治療成績評価に有用なアウトカムメジャーの日本語版開発などを,戦略的に行っていきたいと考えております。